【読後一話】 撤退の農村計画
とある政策立案のために、書棚から引っ張り出して再読。
下記の図は、『中央公論』昨年12月号に掲載された藻谷論文のもの。
地方に人を住まわせたかったら、地方の経済を活性化させねばならない。そのためには、地方がブロック化経済を作らねば富は中央に逃げていくだけだというモデル図。
現在、立案している政策はこのモデル図をベースにしている。
地方はまったなしの状態に追い込まれている。ただ、漠然とした不安と将来への見えない展望の中で、人々は何をして良いのか。どこへ進めば良いのか。それが見えてこない。具体的な手法が見えてこないのだ。
しかしながら、過疎化は静かに、そして着実に進んでいる。
上記モデル図で言えば、頂点に位置する山間居住地は壊滅的状態だ。かつては、人々が生活し分校が存在した山間居住地の多くが、現在は無居住化地域、すなわち誰も住まない土地になった。
次は中山間集落の番である。そこへ至るまでに何としても「集落を単位とする経済ブロック網」を完成させねばならないと考える。
その具体的な政策の中身は、来月には明らかにされるはずだ。
さて、本書は上記モデル図で言うと「山間居住地」を対象としたものだ
若者たちが都会へ出ていき、高齢者ばかりが残された。車を運転することもできず、バスは1日に2便しか来ない。買い物に行くのも病院へ行くのも不便極まりない。集落近辺の田んぼは、もはや耕す人もいなくなり荒れ放題。山の手入れは言うまでもない……そんな地域である。
その山間居住地に住む人々を、集落移転させてはどうだろうか。市内中心部へ移転してもらった方が、生活は便利になるし行政コストも軽減される。
そういった内容である。
労作である。ここまで斬りこんで具体的な方策を講じるのは並大抵のことではない。ましてや、「慣れ親しんだ土地を捨てて、街へ移転しましょう」という、大きな心理的抵抗に遭う政策をここまで真正面から論じることは、これまであまりなかったように思われる。
ただ、ひとつだけ残念なのは「戦略的撤退」と言いながら、その「戦略性」を最後まで読み取ることができなかった点だ。
編者・著者が述べるように、撤退そのものは悪いことではない。むしろ、局面が悪化しているときに撤退できないことは、ずるずると負けに追い込まれるだけだろう。
だが、同時に「撤退する」ときには、「将来的なビジョンに基づいて」撤退しなければならない。それが「戦略的撤退」である。
しかし、それを本書に求めるのは酷というものだろう。その戦略を提示すべきは、本来、政治の役割だからだ。「地方には公共工事を与えておけば良い」として、これまで地方を置き去りにしてきた政治のツケがまわってきたのだから。