月下独酌Ⅴ

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【備忘録】 戦略ストーリー作成の10ヶ条

新しい事業を組み立てていく中で、その事業戦略をストーリーに落とし込む段階まで辿り着いた。そこで、自作のストーリーに漏れやダブリがないか(MECE)、論理的な破たんはないかとの自戒の意味を込めて、戦略ストーリー作成のための10ヶ条を記しておく。

使用したテキストは、「ストーリーとしての競争戦略」。類書の中では屈指の名作である。 

 ①エンディングから考える

戦略ストーリーの目的は、長期利益の実現である。したがって、ストーリーを紙芝居にするならば、最後の一枚は「……というわけで、長期利益が出ましたとさ、めでたしめでたし」で終わらなければならない。

このエンディングを固めるためには、実現すべき「競争優位」と「コンセプト」の二つをはっきりとイメージする必要がある。

競争優位は、単純である。顧客が支払いたいと思う水準(WTP)を上げるか、コストを下げるか、無競争状態に持ち込む(ニッチ化)か、選択肢は限られている。

コンセプトは、目的である。決して目標ではない。目標は客観的な指数であり、それはドライでクールなゴールである。目的とは、ストーリーにかかわる人々がコミットするホットなゴールである。スターバックスが「第3の場所」を市場に提示する際に、どのような人々をターゲットにしたのか。アスクルがターゲットにする顧客をどのようにイメージしたか。
「顧客が動くストーリー」をどれだけ鮮明にイメージできるかがコンセプトづくりの勝負である。斬ったら血がでるくらいの生々しい具体的なイメージが求められる。



②「普通の人々」の本性を直視する

「誰をどのように喜ばせるのか」をはっきりイメージすることがコンセプトを構想する際には求められる。そこでは、「誰に嫌われるのか」という視点が大切になる。誰からも愛されるとは、誰からも愛されないと同義だ。

しかし、独自性の追求は「とがった」顧客をターゲットにすべきではない。あまりにもマニアックな顧客は、どく特殊なニッチに押込められるだけだ。ニッチに特化した無競争を初めから意図する場合を除き、あまりにも独創的なコンセプトはビジネスにならない。

人間の本性は変わらない。人間が人間を相手にビジネスをしている以上、本当の意味で「新しい価値」などはそもそも存在しない。

「言われたら確実にそそられるけれども、言われるまでは誰も気づいていない」、これが最高のコンセプトである。



③悲観主義で論理を詰める

ひとたびコンセプトを固めたら、コンセプトについては楽観主義であるべきだ。いちいちコンセプトを疑っていたらストーリー作りは前に進まない。

しかし、一つ一つの因果論理を考えるときは悲観主義者の構えをとるべきである。失敗した戦略ストーリーを眺めていると、「こうやっておけば、どうにかなるさ」との論理で構成要素がつながっていることが多い。

ストーリーが緩くなる典型的パターンが、特定の「飛び道具」や「必殺技」に寄りかかる症状だ。インターネットブームの頃の「ポータル戦略」がその例として挙げられる。一撃で勝負がつくような飛び道具や必殺技はない。そのようなものがあるならば、そもそも戦略ストーリーそのものの必要性はない。

戦略ストーリーが意図する強みは、個別の打ち手の中にはない。打ち手をつなげていく因果論理の一貫性こそが競争優位の源泉である。


④物事が起こる順序にこだわる

ビジネスモデルの戦略論とストーリーの戦略論の決定的な違いは「時間軸」である。ビジネスモデルが戦略の構成要素の空間的な配置形態に焦点を合わせているのに対して、戦略ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している。

因果論理の組み立てに不可欠の条件は、「AがBと連動する」との共変関係だけでなく、「AはBに先行して起きる」という時間的先行性があることだ。

ビジネスモデルは明確な構想があったにもかかわらず、ビジネスの最終的なかたちをいきなり実現しようとして、すべてを同時並行的にフルスケールでやる失敗例は多い。

意思決定や実行が早いことと、「いきなり丸ごと」式にやることは違う。


⑤過去から未来を構想する

ビジネスを継続的に成長させるためには「長い」ストーリーが必要になる。ストーリーに拡張性や発展性が織り込まれていなければならない。

しかし、正確な未来など誰にもわからない。先見の明などは存在しない。将来どうなるかを理解できるならば、戦略ストーリーはつくりやすいが、そのような将来予測は誰にもできない。

戦略は長期的に考えなければならない。しかし、その長期的なスパンは自分が依拠するストーリーの上で考えるべきだ。ストーリーは将来の機会を見つめるためのレンズである。漠然と将来を眺めてみても、ありきたりの未来しか見えない。ストーリーというレンズを通して、真の機会は像を結ぶ。

ストーリーの延長線上に将来像を描けなくなったら、ここで初めてストーリーを捨てて全面的な書き換えに踏み切らざるを得ない。
ただし、ストーリーを書き換えて成功した企業は極めて数少ない。

ストーリーの全面書き換えの困難さから二つのことが理解できる。

ひとつは、「ストーリーは窮屈さを感じるくらいがちょうど良い」ということだ。
戦略ストーリーがしっかりしているほど、ある打ち手がそれまでのストーリーにフィットするか否かがはっきりと判断できる。優れたストーリーには窮屈なところがある。

第二に、ストーリーを構想する以上は、少なくとも10年、できれば20年くらいの賞味期限が期待できるような、できるだけ長いストーリーを構築すべきである。全面書き換えが極めて難しい以上、それくらいの賞味期限がなければならない。


⑥失敗を避けようとしない

どんな秀逸な戦略ストーリーでも、それが本当に成功するかは事前には判断できない。誰も将来は予測できない。最後のところは、やってみるしかない。

だとしたら、事前にできることは2つしかない。

ひとつは、事前に戦略ストーリーを持ち、組織でしっかりと共有することである。

サッカーの例えで言えば、戦略ストーリーを持つことは、攻撃や主義の流れ、パス回しを事前に構想した上で試合に臨むということだ。いざ試合が始まってみると、相手のある話なので思い通りにはいかない。その試合の混沌とした状況の中で、戦略ストーリーを共有できているのか否かは決定的な違いをもたらす。

もうひとつは、戦略ストーリーの中で失敗をきちんと定義しておくことだ。

どのラインで撤退するのかを決めておくことにより、我々は安心してチャレンジできる。「ハッピーエンディング」を定めておくと同時に、「アンハッピーエンディング」をあらかじめ織り込んでおかねばならない。

ストーリーは失敗をさけるためにあるのではない。むしろ、きちんと失敗するためにある。どんな成功した企業でも、ストーリーを実現していく過程でさまざまな失敗を経験する。大切なことは失敗を避けることではなく、「早く」「小さく」「はっきり」と失敗することだ。


⑦「賢者の盲点」を衝く

その業界を知り抜いている「賢い人」が聞けば、「何をバカなことを」と思う。しかし、ストーリー全体の文脈に置いてみれば、一貫性と独自の競争優位の源泉となっている。部分の非合理を全体での合理性に転化する。これがストーリーの戦略論の醍醐味だ。

カイゼン」「かんばん方式」は、今日では世界中の製造現場で導入されているトヨタ発の方式だが、70年代初めに問う米企業の幹部がトヨタを見学したときに、彼らは「トヨタはものづくりがわかっていない」と眉をひそめた。

スターバックスが直営店方式にこだわったとき、フランチャイズを当然と考えていた人々はその考えを理解できなかった。

もしもトヨタが「われわれは遅れている。だから欧米のベストプラクティスを取り入れなければならない」と考えていたら、世界を席巻するイノベーションは生まれなかっただろう。同時に、トヨタの思いついた「違ったこと」が欧米幹部にすぐに理解できるようなものだったら、即座に模倣されたことだろう。

一見すると「非合理」に見えながら、全体のストーリーに組み込むと競争優位をもたらすゆえんである。

常識を疑え。
なぜその常識が信じられているのか。その背後にある論理を突き詰めろ。
そこには何らかの非常識や非合理が隠されている。

「なぜ」の積み重ねを大切にせよ。
その積み重ねは当事者の頭の中にしかない。
メディアで飛び交うのは「最新のベストプラクティス」でしかない。常識の背後にある非常識は日経新聞の一面には出てこない。


⑧競合他社に対してオープンに構える

優れた戦略で成功すれば、当然、競合他社は戦略を模倣する。しかし、競合他社に対して防御的な構えをとるべきではない。いくら防御しようとしたところで、このご時世では完全に防御しきれない。そもそも、その戦略が本当に優れたストーリーになっていれば、模倣の脅威はそれほど大きくないはずだ。

トヨタやデルのように優れた戦略ストーリーで成功した企業の多くは、その手法をオープンに構える。それは、自分たちが構築したストーリーに自信があるからだ。「一部の構成要素は取り入れられても、ストーリー全体はそう簡単にまねできない」との自身である。

⑨抽象化で本質をつかむ

戦略ストーリーは現実のストーリーに落とし込まねばならない。しかし、具体的な事例だけを見ても戦略ストーリーは作れない。その作成には抽象化が必須となる。

刻一刻とメディアはビジネスの速報を流してくれる。しかし、断片的な情報からは戦略は見えてこない。1990年代の終わりには多くのメディアはエンロンの「革新的なビジネスモデル」を大絶賛していた。アマゾンにしても創業当初は絶賛され、ネットバブルが崩壊して赤字続きが危惧された頃は散々にこき下ろされ、最近になってまた絶賛されている。その間、アマゾンの戦略ストーリーが依拠している論理の本質は何も変わっていないのだ。

具体的事象の背後にある論理を汲み取り、抽象化することが大切である。具体的事象をいったん抽象化することによって、それは初めて汎用的な知識ベースとなる。汎用的な論理を、自分の文脈で具体化することにより、自分のストーリーに応用することができる。

このように抽象化と具体化を往復することにより、物事の本質が見えてくる。

アメリカでトヨタ生産方式(TPS)が注目を集め始めた1980年代では、アメリカ人はTPSを単純に在庫を減らすための方法と捉えた。したがって、TPSの導入は機械組み立て産業に限られていた。
ところが、90年代に入ると、TPSの本質は「時間」にあるのではないかとの抽象化の視点が提示された。企業のあらゆる活動で時間短縮を図ることが競争優位につながるという論理化である。この抽象化のシフトにより、TPSはPC、航空機、医療器具、樹脂成型、非製造業の物流、郵便、建設、病院など様々な分野へ応用された。トヨタの現場(事例)から抽象化された論理を具体化させ、その具体化からさらに抽象化を図った事例である。


⑩思わず人に話したくなる話をする

手っ取り早くわかる優れたストーリーの条件は、そのストーリーを話している人自身が「面白がっている」ということだ。自分が面白がっているからといって必ずしも成功するとは限らない。しかし、本人が面白いと感じないようなストーリーは他人も面白いとは思わない。そのようなストーリーがビジネスで通用するはずはない。

思わず人に伝えたくなる話。これが優れたストーリーだ。





■一番大切なこと

戦略ストーリーにとって一番大切なこと、それはストーリーの根底に抜き差しならない接辞なものがあることだ。

「切実さ」は「面白さ」と異なる。面白いとは、あくまでも自分を主語にしている。自分にとって面白いことでなければ、ストーリー作りは始まらない。面白ければ、文字通り、寝食を忘れてのめりこめる。

しかし、面白いだけではその情熱は長続きしない。

「切実さ」とは、煎じ詰めれば、「自分以外の誰かのためになる」ということだ。直接的には顧客への価値の提供だが、その向こうにはもっと大きな社会に対する「構え」なり「志」がなければならない。

優れた戦略ストーリーを読解していくと、必ずと言ってよいほど、その根底には、自分以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なものが流れている。

だからこそ、世の中は捨てたものじゃない。