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月下独酌Ⅴ

前勝山市議会議員 松村治門のブログです。 ご意見は、harukado.0501@gmail.com まで。お待ちしております。

憲法記念日に憲法を考える

 昨日は憲法記念日
新聞TVで報道された、各種集会における様々な意見を見て感じたことを。


アメリカが打ち込んだ日本の杭

戦争に敗れた我が国に、アメリカは日本の杭を打ち込んでいった。ひとつは、日本国憲法であり、もうひとつは日米同盟である。

革新勢力日本国憲法という杭にしがみつき、これは我が国の国民が作ったものだとの幻想にふけっている。保守勢力は日米同盟という杭にしがみつき、我が国はアメリカと対等なのだと夢想する。

どちらも、虚妄ではないか。アメリカが作った箱庭で砂遊びにふける子供と同じではないか。

上記のような主張をしたのは、大熊信行だった。

 

日本の虚妄―戦後民主主義批判

日本の虚妄―戦後民主主義批判

 

 

保守も革新も、お互いに、相手が杭にしがみついている様はよく見える。したがって、保守は革新に向かって叫ぶ。「日本国憲法は米国が押し付けたものだ」と。実際、その通りだ。革新は保守を罵る。「日米同盟は、対米従属だ」と。実際、その通りだ。

そして、国民はその不毛なやりとりにうんざりする。





言葉を失った我々は迷走する

フランスの哲学者(精神医学者)ジャック・ラカンは「言葉の意味」、すなわちシニフィアンを重視した。
 シニフィアンとは、元々言語学の用語である。「言葉の意味、イメージ」と考えれば良い。そして、その意味を与えられている対象がシニフィエである。「山」という文字、もしくは「や・ま」という音声。これがシニフィエであり、その言葉からイメージするものがシニフィアンといえる。
 
シニフィエシニフィアンを考えた人物は、ソシュールだった。ソシュールは、このシニフィエシニフィアンを一体のものとして考えた。「リンゴ」という言葉・音声と、リンゴのイメージは一体のものだとした。

それを分離したのがラカンである。

そして、ラカンは著書『精神病』で、要約するとこのようなことを言っている。

言葉の意味、イメージというものは、互いに結びついて思考を形成する。ところが、ひとつの言葉の意味が居場所を失うと、全体の結びつきが混乱をきたし、精神病を引き起こす元となる。

 

精神病〈下〉

精神病〈下〉

 

 
戦後日本に軍備はあった。警察予備隊と呼ぼうが自衛隊と呼ぼうが軍備は間違いなく存在していた。軍備というシニフィエ(対象)は存在し続けたにもかかわらず、われわれに欠けていたのは、軍備を表現するシニフィアン(言葉の意味、イメージ)である。

軍備はありながら軍事に口を閉ざした結果、軍事というシニフィアンは欠落した。そのために、われわれは軍事問題を正しく把握することができないとの病理に陥った。

結果として、軍事を語ろうとすると思考そのものが混乱をきたす。無理に語ろうとすれば幼児化・退嬰化した表現しかできなくなる。「他国が責めてきたら反撃せずに無抵抗で受け入れよう」などと幼児化した議論や、「このご時世にどこの軍隊が日本を攻めて来るのか」といった退嬰的議論しかできなくなった。

戦後日本に憲法はあった。その憲法の下に様々な法体系が整備され社会は動いている。しかし、憲法というシニフィエ(対象)は存在していても、われわれに欠けていたのは、なぜわれわれはそれに従わねばならないのだという根本のシニフィアンである。われわれは自分で憲法を作ったことがない。明治憲法然り、日本国憲法しかり。憲法はありながら、その根幹である制定権力や制定経過に口を閉ざした結果、われわれは「憲法をつくる」という問題を正しく把握できないとの病理に陥った。

結果として、「憲法をつくる」すなわち、憲法改正について語ろうとすると思考そのものが混乱をきたし、幼児化・退嬰化した表現しかできなくなる。「憲法を変えることは軍国主義につながるという幼児的思い込み」や、「これまでうまくやっていたのだから変える必要はないだろう」という退嬰的議論しかできなくなった。




なぜに国民が憲法をつくってはいけないのか

私は憲法改正を求める。
もちろん、それは大熊の主張する、アメリカの打ち込んだ杭に捕まっている無様さを否定したいとの想いからでもあるが、根本にあるのは、なぜ国民が憲法をつくってはいけないのかとの素朴な疑問があるからだ。

日本国民は、一度も憲法を作ったことがない。明治憲法は欽定であり、それは時代の要請であった。日本国憲法は押し付けであり、それは時代の圧力であった。

憲法は国民のものではないのか。そして、憲法は道具であろう。ならば、持ち主が道具を使いながら改良していって何が悪いのか。

なぜ、国民が憲法をつくってはいけないのか。



パラノイアの戯言

護憲派と呼ばれる論者の言葉を聞いていると、この人たちは世の中の何を見ているのかと問いたくなる。

直近で言えば、テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案を議論すれば、「法案を通せば戦争する国へ一直線」と批判をするが、一般国民の感覚からすれば「またか」となろう。彼らはPKO法案のときも同じことを言っていた。特定秘密保護法案のときも同じだった。「戦争のできる国」「戦前回帰」と紋切り型の批判を繰り返すのみで、何等の建設的な意見を出さない。

前述したラカンは興味深いことを指摘している。
ラカンは「シニフィエ無きシニフィアン」を想定した。シニフィエとは対象である。シニフィアンとは言葉の意味、イメージである。いわば、対象がないにもかかわらず、言葉遊びにふける人々のことだ。

そして、ラカンは彼らをパラノイア(偏執症)と診断した。
パラノイアとは何者か。隣人に攻撃されているといった異常な妄想にとらわれる人々のことだ。政権は常に国民を迫害するために活動している。国は国民を戦争へ送り込もうと考えている。そのために憲法を変えるのだ……と。

まさに、護憲派がやっていることはパラノイアの一言に尽きる。

そして、国民は当にそのことに気づいている。国民が冷ややかな目で彼らを見つめる所以だ。




改憲派のごまかし

ならば、改憲派が何をやっているのか。
戦後日本で憲法について論じることは、まさにタブー(禁忌)だった。しかし、1990年に西部邁氏が文芸春秋紙に改正憲法試案を公表した頃から風向きが変わり始める。
私もこれは鮮明に記憶がある。まさか改正憲法試案がメジャー雑誌に掲載されるなどとは、当時は想像もできなかった。

その後に、保守派である中川八洋氏の憲法試案であったり、読売新聞社憲法試案であったり、小沢一郎氏のものであったりと、様々な憲法試案が作成された。

そして、2012年に自民党日本国憲法改正草案が上梓されたが、正直なところ、私はどれも肚に落ちるものではなかった。

根本的な問いが抜けているからである。
「日本国民の憲法とはどうあるべきか」
「国民は日本国をどのようにつくりたいのか」

碩学がつくられた試案に対して口を挟むのはおこがましい話だ。しかし、ここを考えずして作られた憲法草案は、単なる状況適応にしか過ぎない。
「われわれは誰なのだ」
「何のために国をつくっているのか」
「どのような国をつくりたいのか」
それを議論してこその憲法草案ではないのか。

ましてや、保守派を名乗るのであれば、憲法草案を論じるに避けては通れない大問題が二つある。

ひとつは天皇の存在だ。

多くの思想家を絡めとったこの問題を避けて通るわけにはいかない。
カール・シュミットは「主権者とは例外状況に関して決定を下すものである」と語った。例外状況とは、国家における非常事態を考えれば良い。東日本大震災のような国家的危機状態や大東亜戦争末期のような時期がこれに当たる。
ここに決定を下すものは誰だろうか。

数年前に、久しく見ていなかった映画『日本沈没』をビデオで見た。無論、昭和48年版である。仮に、日本国が沈没するような未曽有の災害が生じたとする。日本人が国土を失い、ユダヤ人の味わったディアスポラ(大離散)を味わった結果、日本人は世界に散らばらざるを得ない状況に追い込まれたとする。
ユダヤ人はユダヤ経典を以てアイデンティティとした。ならば、われわれは何をもって日本人とするのか。
要は、「日本沈没の憂き目にあったときに、国民はそれぞれに大事なものを持ち出すだろう。だが、日本人全員として、何かひとつ持ち出せるとしたら、何を持ち出すのか。」という問いである。富士山は、海に沈んだ。ありとあらゆる建造物は無くなる。そこで日本人は何を「日本人の象徴」として持ち出すのだろうか。

その問いには、日本人は「天皇陛下を」と答えるのではなかろうか。私はそう思う。無論、そのような状況になれば、俺たちはアメリカ人になるよ、ロシア人になるよと言う日本人もいるだろう。だが、日本人が散り散りになったとしても、なお日本人としてのアイデンティティを保ちたいと考える人々がいるならば天皇を仰ぎ見るのではなかろうか。東日本大震災を慰撫された陛下を被災地の人々が仰ぎ見たように。その光景を見た日本国民が復興への思いを強くしたように。

なぜ、そう思うのか。なぜに皇室は敬愛を受けるのか。
それを突き詰めて考えずして「天皇は象徴である」の言葉だけで済ますのは思想的怠慢と言うべきであろう。


もうひとつは、日本国の固有法の問題だ。

法律の世界には、継受法と固有法との分類がある。継受法とは輸入された法律であり、固有法とはその国・文化が作り上げた法律を指す。大化の改新で日本は中国律令を輸入した。これは継受法である。そして、明治期に欧米法を輸入した。これも継受法である。ならば、我が国には固有法がなかったのか。そんなことはない。中学生が歴史を習う際に必ず覚えさせられる、あの御成敗式目はまぎれもなく固有法であった。

近代法は理性に照らして正しい、中世の法は封建的であるがゆえに遅れている。これは悪しき思い込みである。
「法とはなにか」これは難しい問題であるが、確実に言えることは、法に納得しなければ誰も法を守らないという点だ。利害の衝突があるから法は必要とされる。そして、法に則って裁きはなされる。事実、御成敗式目に延々と書かれた条文を読むと、中世の生活様式、人々の考え方、道徳律などがよくわかる。

固有法とはそういうものだろう。人々の風習、文化、伝統が積み重なって固有法はできあがる。

われわれが憲法を制定しようとする。それは日本固有の憲法であり、まさに固有法だ。

ところが、なぜか我が国の法制史家たちは憲法の問題に口を出そうとしない。また、憲法草案者たちもその意見を求めようとしない。




日本人の「強み」とはなにか


自らが憲法をつくる。つまり、規則を作るときに欠かせないことがあると考える。それは「自分たちは誰なのか」ということ。

私が憲法改正を議論したいのも、この点を明確にしておきたいからだ。そして、自分たちは何者なのかを問うことは、「自分たちの強みは何か」を意識することでもある。


塩野七生氏の大著『ローマ人の物語』の冒頭には、次のような記述がある。

知力ではギリシア人に劣り、
体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、
技術力では、エトルリア人に劣り、
経済力では、カルタゴ人に劣るのが、
自分たちローマ人であると、少なくない資料が示すように、ローマ人自らが認めていた。それなのに、なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。一大文明圏を築き上げ、それを長期にわたって維持することができたのか。

 

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

 

 

ローマ人の物語』を読み続けていくと、ローマ人が「制度の力」でハンニバルに打ち勝ち、「他者を抱擁する力」で周辺地域をローマ帝国に組み込んでいく様がわかる。そして、何よりも感心するのは、ローマ人自身がその強みを理解していたことだ。

日本人の強みは何であろうか。

例えば、「強力な現場力」を挙げるのも良い。日本人の持つ現場力は強烈だ。そして、その力ゆえに明治期以降の日本は国力を威容した。そして、その現場力を過信し戦略なき戦いに身を投じたゆえに、大東亜戦争を敗れた。「強みにより組織は力を伸ばし、強みにより組織は身を亡ぼす」とはよく言ったものだ。

ならば、日本人の強みの「強力な現場力」を最高に活かすために、政治はどのようにあるべきか。道州制で現場力を活用すべきなのか。選挙制度は?教育の在り方は?働き方は?

そういった議論の上に、はじめて憲法があるのではないのか。




こういう話をすると、「それは法律論ではない」と反論されることがある。
われわれがつくろうとするのは、憲法である。われわれの国家そのものと言っても良い。国家にある国民や領土のみならず、生活や文化までをも含むのが憲法である。いわば、国の在りようそのものと言っても良い。

国の在りようは、かつては「国体」と呼ばれていた。国体を英訳すればConstitutionであり、Constitutionを再度和訳すれば「憲法」である。

日本人とは何か。われわれの強みは何なのか。その強みを活かすため、われわれの子孫につなげるためにどのような制度をつくるのか。
そういった憲法論議を私はしたい。そして、そのような憲法論議を待つ。