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月下独酌Ⅴ

前勝山市議会議員 松村治門のブログです。 ご意見は、harukado.0501@gmail.com まで。お待ちしております。

「神話」としての自治体 ー補遺ー

制度設計のあり方



ーこの前の《後編》は、わかりにくかったように感じましたー

うーん。そうみたいですね(苦笑)。申し訳ない。

私の抱えてる不満をもっと前面に出せば良かったかな……と反省してます。



ー不満というのは?-



われわれは、なぜゆえに「こうなって欲しい」という社会をつくることができないのだろう?……ただ、これだけです。

もちろん、理想の社会なんてあるわけがない。《中編》で引用した「マーケティング22の法則」にも書いてありましたね。「ベストな商品などありっこないのだ」と。
そのとおりなのです。この世の中に理想のものや最高のものなどない。

でも、「こんなものがあったら素晴らしいよね」と思えるものを作ることはできる。


実際にね。市長選挙が終わってから、色々な人が様々なアイデアを私のところに持ってきてくださる。

 


ー選挙終わった後に?-

そう。不思議なことに選挙が終わった後で。
「松村さんが当選してたら、こんなこと一緒にやろうと思ってたんです」
う~、それなら選挙前に持ってきてくれれば……と思わないでもない(苦笑)。

まあ、それはさておき。色々のアイデアの中には、「あ、これは大事ですね。確かに大事だ」と思わせるもの。事業としては小さいけれど重要ですよね、そういったアイデアから、「これは……すごいこと考えましたね。確かに、これ実現したら勝山おもしろいだろうな」といった、途方もないスケールのものまで様々なアイデアがあるわけです。

ここで二つのことに気づくのです。

ひとつは、「な~んだ、皆さん結構アイデア持ってるじゃない」ということ。こんなことが実現できたら楽しいよね、もうちょっと世の中便利になるよね。そういった想いを、皆さんお持ちなんです。

もうひとつは、「それじゃ、なぜ、そのアイデアが表に出てこないのか」ということ。
これは制度の問題です。

人々がアイデアを出す。それが人の目に触れるような制度を作ってしまう。Web上でもいいです。何でもいい。「こんなものできたら面白くない?」というアイデア提案でもいいし、「この問題を解決して欲しい」との問題提起でもいい。とにかく、世の中を良くしようよ!という想いが人目に触れる場所が欲しい。「共有の手段」です。

次に、その問題・アイデアを目にした人々が集まる場所が欲しい。「その問題なら弊社の技術がお役に立てそうです」と企業が来る。俺のサラリーマン生活での経験が役に立つかもねと訪れる市民がいるかもしれない。そういった人々が集まって知恵を出し、実現化するためには「場所」が必要です。


そして、何よりも必要なものは成功体験です。これが最も欠けている。

われわれは、能力があるのに自信を失っている子供と同じです。能力はある、やればできるのに!と傍から見てると思う。でも本人は自信を失ってる。「どうせ、ボクなんてやったってできないよ」

そんな子にやる気を取り戻させるためには、あなたならどうします?


ーとりあえず、できることからさせてみるー


そうでしょ?それが普通の考え方。まずは簡単な目標をクリアする。その成功体験を基礎にして、少しずつハードルを上げていく。

まちづくりにせよ、観光にせよ、その成功体験の積み重ねが欠けているのです。

そして、重要なことは「共有する手段ー場所の設置ー成功体験」との流れは、制度の問題だということ。これまで、「共有する手段ー場所の設置」までは制度の問題として考えられてきました。実際に、これをやっている自治体もあるのです。

ただ、成功体験までも含めた制度は存在しなかった。



ー成功体験まで制度に含めることはできるの?-

「成功体験まで制度に含める」というと、難しく聞こえるでしょう。でも、身の回りをみれば、そういったものはいくらでも探すことはできますよ。

職場改善運動なども、そうでしょう。
「日々の業務の中で、〇〇といった問題が発生している」と声かけがされる。これは問題共有の手段です。そして、「これをどのように解決しようか、それを考えるために午後5時から会議室に集まってください」と人々が集まる。問題解決の場所ですね。そして、協議しあって「〇〇という方法で解決してみよう」となる。行動に移して、職場の問題を解決すれば「やってよかったね。それじゃ、次の問題も解決してみようか」となる。


ーでも、うまくいかないこともあるー

確かに、職場改善運動がうまく回らない職場もあるでしょう。その原因も制度設計にあるのです。なぜうちの職場改善運動は機能しないのか。なぜ「どうせ、こんなことやったって何も変わらないよ」とのグチが出てくるのか。それは、現場に権限が委譲されていないことが理由なのかもしれません。目的が明確に設定されていないからかもしれません。そういった原因も制度設計に含まれるのです。

変革は、成功体験を積み重ねていくより他にありません。

例えば、市場化テストをご存知ですか?



ーさあ、知りませんねー

「官でやっている業務のなかで、民間でもできることは民間に任せよう」という方針です。例えば、勝山市でも下水道を直営方式から下水道事業団に任せています。その方が効率的で安価だからですね。
こういった方式は、確か……小泉内閣のときに導入されましたが、元々はアメリカのインディアナポリスが大々的に行ったと記憶しています。8年間で4億ドルの削減を果たしたはず。

そのインディアナポリスも、小さな成功体験を積み重ねて、ようやく市場化テストへ辿り着いた。
たかが、「官のやってることの一部を民にゆだねる」だけでも、大変な道のりです。組織を変えていこうとすると、地道に小さな成功体験を積み重ねて、人々の意識を少しずつ変えていって、という作業を続けなければなりません。


それじゃ、何でそんな面倒くさいことまでして、組織を変えなくちゃいけないのか。当然にそういう疑問が出てくると思うんです。

結局、「悪いのは人じゃない。悪いのは問題だ」ということなんでしょうね。

 


ーどういうこと?-

われわれは他人をあげつらうじゃないですか。「〇〇のせいで、うまくいかないんだ」と原因を人のせいにする。
「上司が馬鹿ばっかりだから、この会社はうまくいかねえんだよ」
「あの商店街の連中が旧態依然だから、勝山の中心市街地はいつまでたってもダメなんだよ」
といった具合に。

人を責めて自体が好転するのならば、すれば良いでしょう。しかし、人を何百回責めたところで世の中は変わらない。
「〇〇のせいで、うまくいかないんだ」
この「〇〇」に入るのは、人じゃない。問題です。

解決すべきは人ではない。問題です。
そして、問題を解決するために、われわれは組織を持っている。

ところが、組織というものは面白いもので、一度出来上がってしまうと、その「目的」を忘れて「存続」を目的にし始める。組織が問題解決をできないのならば、組織そのものを変えるより他にないでしょう。

自治体もそうです。自治体という組織が時代にそぐわなくなってきた。高度経済成長期には、旧来の自治体は上手く機能していたかもしれません。しかし低成長時代、しかも少子・高齢化の時代には機能していないのは明らかです。法令の範囲内で時代に沿った組織に変えていかなければ。そういう思いがあります。

 

 

人々の心に「言葉を植えつける」ことの意味

 

ー「自治体が若者の心の中に言葉を植えつける」と《中編》《後編》にあったけど?ー

これは結構誤解を生みやすいところなんですが、人の心を変えることなんて、そうそう簡単にできるわけがない。おこがましい話なんです。人の心は複雑だし、他人が何を考えるのかなんて本当に理解できるはずはない。自分の心の中ですら、よくわからないんですから。

でも、人々が消費行動や選択行動を起こすときには、何かが心の中でささやいてる。それは間違いない。私の妻が「トヨタ車は素晴らしい」と考えてトヨタ車を購入したように。


だったら、自治体も人々の心に届くようなメッセージを発しましょう。そして、そのメッセージに込められた内容を実現しましょう。そういうことです。


ーそこのつながりがよくわからないー

そうですね……ひとつの事例をあげましょう。
ニチレイアセロラドリンクをご存知ですか?

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ー知ってますよー

アセロラドリンクは 1990年代後半に、ブランド認知率が90%を超えていました。これは「誰でも知っている商品」だということです。しかし、売り上げは停滞していました。「誰でも知っている商品なのに売れ行きが伸びない」という困った状態に陥っていたのです。

ニチレイは考えたのです。消費者のほとんどはアセロラドリンクを知っている。しかし、手に取って購買するところまでいかない。アセロラドリンクと購買行動をつなげるためにどうすれば良いのだろうか。

そして、ニチレイは市場調査を行いました。

アセロラドリンクから連想するのは「ビタミンC」であり、「ビタミンC」から連想するのは「体に良い」ことでした。

そして、今度は逆の方向の調査を行ったのです。つまり、一般消費者に「体に良い食品は何ですか」と尋ねたのですね。すると、最も連想されたのは「カルシウム」であり、二番目は「ビタミンC」でした。そして、「ビタミンCで連想する食品」を尋ねたところ、一番目が「ビタミン剤」であり二番目は「レモン」だったと。ここにアセロラドリンクは登場しませんでした。

「体に良いものを飲みたい」と考える消費者が連想する飲みものは、アセロラドリンクではなかった。



ーそれで、ニチレイはどうしました?-

アセロラドリンクはビタミンC」といった伝え方を止めました。
思い切って、対象者を絞ったのです。簡単なようですが、これは本当に勇気のいる決断です。対象者を絞るということは、それ以外の人々はいらないと宣言するようなものですから。
具体的には、ニチレイは「肌に良い」に焦点を絞りました。

そして、「肌に良い」からアセロラドリンクまでつながるストーリーを作り上げたのです。
「お肌に悩む人はアセロラドリンクをお飲みください。お肌を保つにはビタミンCが効果があります。でも、ビタミンCは毎日摂らないと効果がありません。レモンの34倍のビタミンCを含んでいるアセロラ、その天然アセロラでつくられているアセロラドリンクを毎日飲んで、お肌の若さを保ちましょう」

次の動画は、「アセロラドリンクはビタミンC」と訴えていた時期のCMです。


ニチレイアセロラドリンクCM岡本綾子




ーうわ、懐かしい。岡本綾子ですかー

そう、岡本綾子さんです。
そして、「肌に良い」に焦点を合わせた後のCMがこちら。
先ほどのストーリー要素がすべて入っていることに気づきます。


いいなCM ニチレイ アセロラドリンク 片瀬那奈



ーそれでニチレイはどうなったの?―

結果として、アセロラドリンクの売り上げは40%の伸びを示しました。販売数量の上昇もさりながら、重要なことは、ヘビーユーザーの割合が増えたという点でしょうね。ヘビーユーザーは、簡単に競合ブランドへは流出しませんから。

アセロラドリンクの事例は、2つのことを教えてくれます。

ひとつには、対象を絞れということです。全ての人間に届くようなメッセージなどは存在しないからです。
もうひとつは、そのメッセージを明確にしたならば、ストーリーを作り上げて人々の心に届けよという点です。




ーなるほど。ということは、勝山市も対象者を絞ってメッセージを送れということ?-

確かにその通りなのですが、民間企業と自治体では絞り方が異なるのです。

アセロラドリンクは「肌にやさしい」と絞りました。「それ以外の見込み顧客は捨てても構わない」との覚悟です。顧客を絞ること、これは自治体にはできません。自治体のサービスに顧客を絞って「捨てる」という発想はないからです。

フェラーリ―が大衆車を作らないのは、フェラーリ―社が顧客を限定しているからです。下世話な言い方ですが、フェラーリ―を購入できるくらいの金持ちしか相手にしていない。それがフェラーリ―社のブランドの源泉でもあるのです。ですが、これは自治体にはできません。

自治体のサービスは平等に行われなければならない。平等ということは、誰でも受けられるということです。顧客を絞って「捨てる」という発想は存在しません。



ーそれじゃ、対象者を絞れないでしょ?ー

そこが「行政2.0」の考え方のミソです。
顧客を絞る、つまり「誰を捨てるのか」ではなく、事業を絞る、つまり「どこを伸ばすのか」という発想ですね。




「行政2.0」という発想


下の図をご覧ください。

 

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「行政1.0」とは、従来の行政サービスだと考えてください。これまでの行政サービスは、「行政1.0」として引き続き行われます。何も変わりません。

これが1階部分だとすると、2階部分が「行政2.0」となります。

 



ー2階建ての家をイメージしろということ?-

ええ、そういったイメージでいいと思います。
1階は従来通りの行政サービスを行うところ。2階部分は、特定のサービスを伸ばすところです。教育、農林水産業、商工業支援、医療、福祉、土木、交通……様々な自治体サービスの中で、特定のサービスを最高水準まで伸ばすのです。
《後編》で述べたシビル・マクシマムの発想ですね。

2階で何をやるのか。それは各自治体が考えることでしょう。そこに自治体の戦略が表れ、独自性の見せ所となります。

ただし、二つのことだけは守らねばなりません。
(1)「どこを伸ばすのか」を明確に打ち出し、ストーリーに落とし込む
(2)その成果に向けて、行政ー市民・市民団体ー企業が連携する

 


 

ー(1)で言う「ストーリー化」とは、どういうこと?-


アセロラドリンクを思い出してください。
「お肌に悩む人はアセロラドリンクをお飲みください。お肌を保つにはビタミンCが効果があります。でも、ビタミンCは毎日摂らないと効果がありません。レモンの34倍のビタミンCを含んでいるアセロラ、その天然アセロラでつくられているのが、アセロラドリンクを毎日飲んで、お肌に『Keep C』です!」
とのストーリーを作り上げました薬事法に抵触しない範囲で)


例えば、行政2.0、つまり二階建てに「教育」を置いた場合は、どのようなストーリーを提供できるでしょうか。

「お子様の教育に関心のある方々は勝山市にお住みください。現在の公教育では、40分の授業を40分内に理解できる児童・生徒だけが、つまづかずに先へ進めます。勝山市では、40分の授業内容を60分かけて理解できる子にも、しっかりと対応して、すべての児童・生徒が教科内容を100%理解できて卒業することを約束します」

「お子様の教育に関心のある方々は勝山市にお住みください。勝山市は、子供たちに2つの贈り物をします。ひとつは『体の使い方』…人は誰に教わるわけでもなく、歩き、走り、投げ、飛びます。しかし、あなたのお子様の体の使い方は正しいですか?正しい体の使い方を知っている子供は稀であり、たまたま正しい体の使い方を知っている子は小学校で『運動のできる子』になります。勝山市が雇用するプロが、正しい体の使い方を全ての子供たちに教えます。もうひとつは、『問題解決の方法』……ビジネスパーソンになって初めて学ぶ問題解決の手法を、勝山市では独自に小学生の頃から教えます。この2つの贈り物は、お子様にとっての一生の財産になることでしょう」

勝山市でこれをやる!」という意味で挙げたわけではありません。あくまでもストーリーの一例として思考実験で作ってみました。

 


ー面白そうだけど、実際にできるの?ー

 

できますよ。ただし、それを成功させるためには、先ほど申した
 (2)その成果に向けて、「行政」ー「市民・市民団体」ー「企業」が連携すること
が絶対条件になります。

理由は簡単で、自治体予算は行政1.0の部分しかカバーしていないのです。その上に2階部分を作ろうと思うと、マンパワーと資金が必要になる。これを調達するには、市民・市民団体と企業が参画しないと進みません。



ーボランティアや寄付に頼るということ?ー

それもひとつの手段でしょう。ですが、ボランティアや寄付に頼ると持続性を失います。もちろんボランティアや寄付は尊い。ですが、それに依存しすぎるとお互いに辛くなってきますから。

そうですね……さきほど「教育」で2階部分を作ったので、「教育」つながりで、こんなストーリーを作ってみましょうか。くれぐれも、言っておきますが、「これを勝山でやるのです」という意味ではなく、ひとつの思考実験としての事例ですよ。


ーはいはい、わかってますよー

 

本当にわかってるのかな……まあ、いいや。先に進めましょう。

「お子様の教育に関心のある方は、勝山にお住みください。勝山市は語学教育に力を注いでいます。お子様が小学校を卒業する際には、英検3級を皆が取得しているプログラムを作成しています」


ーなぜ英語?-


私がヒアリングした中で、保護者の要望が最も強かったものが「英語を伸ばして欲しい」だったという単純な理由です。個人的には漢文教育を強化したいんですがね。

それはさておき、小学生卒業時に英検3級を取得しよう。これは無茶なことでも何でもありません。インターナショナル系の保育園では、保育園を卒園するまでに英検3級を取りましょうと運園しているところもあるくらいです。そして、市内の小学生が英検3級持って中学校へ行けば、当然に中学校卒業までに英検準2級を取りましょうという話になる。これまた不可能なことではありません。

ただ、それを実現しようとすると、困ったことが起きます。
小学校で英語を教える教員の確保、つまりマンパワーの問題。そして、英語教育を実施するための予算、つまり金の問題が発生します。


ーそれは当然だよねー

 

そう、これまではそこで止まっていた。行政1.0の世界ではそうでしょう。でも、行政2.0ではそうではありません。

思い込みを捨てることが大切です
教室で教える人物が教員でなければならない必然性はないでしょ?


ーまさかとは思うがー

 

そう、塾の先生だっていいじゃありませんか。「そりゃ無茶だよ」という顔をされていますが、それこそ思い込みというものではありませんか?

市内には、公文や学研教室、英語ならECCジュニアの教室が多々あります。小学校区にひとつは必ずあると言ってもよい。ならば、公文なら公文の教材を使わせてもらえばよいでしょう。A小学校は公文を、B小学校は学研を、C小学校ではECCジュニアを……と、校区内にある塾を割り振っても良いでしょう。
塾の経営者の忙しい時間帯は、学校が終わってから夜にかけてです。ならば、時間帯がダブることもないでしょう。
学校の教室には先生がいなくちゃいけない。これは揺るがせにできない原則です。だったら、小学校の英語の事業中には、教室内に担任の先生がいて、子供たちは塾教材をやっていても構わないでしょう。



ーにわかに肯定できる話じゃないが、予算はどうするの?勝山市が負担する?ー

予算を勝山市が負担する。それもひとつの方法でしょう。ですが、私なら公文の本社や学研の本社へ出向くでしょうね。そして、本社の人たちに言うでしょう。

「われわれ勝山市は、これから日本で最初の事業を展開します。塾業界と公教育の融合です。われわれのメリットは、この事業により、市内の子供たちの成績が向上することです。」
「御社のメリットは、新たなビジネスチャンスをつかむことです。御社は勝山市内での実績を基にして、日本全国の自治体に売り込むことができます。『福井県勝山市では、当社の教材を公教育に活用することで、子供たちに目覚ましい伸びが実現できました。どうです。あなたの自治体でも採用しませんか』と。これは大きなビジネスチャンスです」
「先行投資として考えていただきたい。この大きなビジネスチャンスのために、勝山市内の小学校で教える英語教育教材、塾経営者の時間給等の必要経費は、御社でご負担いただけるとありがたい」

ざっくり言うと、こんな感じですかね。あくまでも思考実験としてですが。

企業が参加する意味、イノベーションの機会。こういったものが、ここに発生します。



ー言いたいことはわかるんだけどー

でしょうね。その感覚はわかります。思い込みを捨て去るというのは実に難しい。私自身を振り返ってみても痛切します。

しかし、考えてみてください。前述したストーリーを、合わせ技で合体させてみましょう。

「お子様の教育に関心のある方々は勝山市にお住みください。現在の公教育では、40分の授業を40分内に理解できる児童・生徒だけが、つまづかずに先へ進めます。勝山市では、40分の授業内容を60分かけて理解できる子にも、40分の授業内容を80分かけて理解する子にも、しっかりと対応して、すべての児童・生徒が教科内容を100%理解できて卒業することを約束します」
「加えて、勝山市は語学教育に力を注いでいます。お子様が小学校を卒業する際には、英検3級を皆が取得しているプログラムを作成しています」

こんな自治体があったら良いなと思いませんか。


ーいいでしょうねー

そう、あったら良いんですよ。
だったら、なぜ作っちゃいけないのですか?
冒頭にも申しましたが、私の持っている素朴な疑問です。

公共交通や医療・福祉、中心市街地活性化、生涯スポーツ、様々な分野で「こんな風になったら良いのにな」と思うことは多々あるはずです。それをなぜ作っちゃいけないのでしょう。

行政1.0は、それを許さない。だったら、2階部分を作ればいいじゃないですか。




ーだったら、1階部分は不必要なんじゃない?-


それは絶対に違う。1階部分が不必要になることはありません。行政サービスの基本となるのは行政1.0。これは鉄則です。この1階部分を揺るがせにしてはいけない。

 『県庁そろそろクビですか?「はみだし公務員」の挑戦』の著者である円城寺氏は、佐賀県庁の職員です。
佐賀県内のすべての救急車にipadを配備して、搬送時間短縮に成功したという実績を持つのですが、こういうことをする職員は、公務員の中では浮くでしょうね。著者が言うところの「はみだし公務員」です。

県庁そろそろクビですか?: 「はみ出し公務員」の挑戦 (小学館新書)

県庁そろそろクビですか?: 「はみ出し公務員」の挑戦 (小学館新書)

 

 

私が円城寺氏に共感するのは、氏が「はみ出すことは偉いことでも何でもない」というスタンスに立つことです。

お役所仕事なんて、完璧に遂行して当たり前。誰も評価してくれない。でも、そのお役所仕事に誇りを持て!と説く円城寺氏は、新人職員には「まずは前例や既存の制度を学ぶことだ」とのメッセージを伝えるそうです。

思うに、円城寺氏は、日常業務を真摯にこなすことの中で生じる疑問。これこそが重要だと考えているのでしょう。彼が全ての救急車にipadを配備しようと考えたのは、「そこに救える命があるから」との、現場での切実な願いからです。

公務員は、様々な矛盾を抱えながら仕事をしています。市民のお困りごとを解決したい、しかし現状の業務においてそれは困難だ。どうすれば解決できるだろう……こういった矛盾を感じるのは、若手の職員に多いですね。



ー行政のプロになれ!ということだー

 

そう。そして、2階建て部分の行政2.0は、行政スタッフだけでなく様々な業種のプロフェッショナルが集合することで成り立ちます。

プロフェッショナルというと大げさかもしれない。でも、皆さんは日々のお仕事の中で、その道のプロと呼ぶべき存在になってるわけです。農業で食べてる人もいる。営業職の人もいる。世の中には色々な職業の人がいるわけです。それぞれにその道のプロでしょう。

その知恵を集合しましょう。問題意識と「こんなものがあったら面白いだろうなぁ」との目標を共有しましょう。
後は、冒頭に述べたように、問題意識の共有の方法と、場所と成功体験の話に戻るのです。




ーこれまでも、そういった取り組みはあったはずでしょ?-


そう、あったんです。あったけれどうまくいかなかった。少なくない数の自治体で、そういった試みは行われたのですが、私の知る限りにおいて、ことごとくと言ってよいほど失敗しています。

その道のプロが集まりましょう。知恵を出し合って新しい事業を立ち上げましょう。人が集まり、実際に何かをしようとする。でも、うまくいかない。

うまくいかない理由は行政主導だからです。行政1.0の理屈をそのまま持ち込んでくるからおかしくなる。

例えば、「駅前の再開発を行います」なんで大きなプロジェクトをぶち上げる。「中心市街地の再活性化を行います」でも構いません。
そこで、民間の知恵をお借りしたいなどといった理屈で、民間人が集められる。ところが、大きなシナリオは行政が描いてしまうので、民間の人々が知恵を出す必要もない。
要するに、アリバイ作りに使われているようなものです。
「私たちは市民や民間の意見を聞いていますよ」

呼ばれるメンバーも、いつも同じようなものです。商工会議所、JA、区長会連合会、商店街の代表……etc。


13年間議員をやってきて、嫌になるくらいこういった場面は見てきました。他市町の議員さんたちに聞いても、どこも同じようなものです。



ー行政が悪いということ?-


行政が悪いというよりも、何回も申し上げているように、制度設計が合わないのですよ。時代にそぐわない。行政サービスの連続性を考えれば、行政1.0をなくすことは考えられません。しかし、時代に即した自治体経営を考えるのであれば、行政が主導するやり方は間違っている。行政主導を続ける限り、民間の知恵も技術、市民の意欲、そういったものをコーディネートすることができないからです。

われわれは少子・高齢化の時代、すなわち人口減少社会に向かっています。人口減少社会とは、社会資本が減少する社会のことです。人口が減ることにより、マンパワーや市場需要規模や様々なものが減少する。
減少する社会資本を活用するには、それらをコーディネートするより他にありません。

だから、行政2.0が必要なのです。

そして、それは現場の要請にも合致しています。
市民は、問題解決をしてもらいたい。公共交通や買い物難民や、教育や福祉や様々なところに問題は山積しています。
企業はイノベーションの場を欲しています。自らの技術をビジネスにするための場を模索している。
後は、必要なものはそれをコーディネートする制度だけです。冒頭に申し上げた「共有の手段ー場所の設置ー成功体験」のサイクルを制度化するのです。そのためには、現行の行政主導を変えねばなりませんね。



ー行政2.0を導入したとして将来的な展望はどうなる?ー

どうなるのか。それは、分かりません。
なぜなら、行政2.0は手法でしかないからです。手法である以上、「どのような手法で解決するのか」を示すのみで、「何を解決するのか」を考えるのは別の次元の話です。

ただ、行政2.0が導入されて、行政スタッフが独自の権限で動き、仕事に達成感を持つようになれば、おのずと変わってくるでしょう。
「本当の仕事がしたいのなら、勝山市役所を受けてみよう」

若者も同じじゃないですか。
「都会へ行ったところで歯車で終わるのがオチだ。勝山に戻れば思いっきり能力を発揮することができる」

もちろん、5年や10年でそこまで行けるとは思っていません。
しかし、どこよりも早く手を着けた自治体が、誰よりも早くその境地に達するのでしょう。