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月下独酌Ⅴ

前勝山市議会議員 松村治門のブログです。 ご意見は、harukado.0501@gmail.com まで。お待ちしております。

高校再編問題をバネにして勝山の教育を考える

 

現状

昨日、本年の県立高校の入学試験に関する志願状況が発表された。これによると、勝山高校の倍率は0.94倍(定員129人、出願121人)。大野高校の倍率は0.99倍(定員151人、出願149人)。共に定員割れであり、この現状は数年続いている。

福井県が策定した「県立高等学校再編整備計画」は、大野高校は5クラス編成、勝山高校が5クラス編成を基本構想としていた。現在の勝山高校は4クラス編成であり、構想基準を下回っている。

現在、福井県は前述の再編整備計画に基づき、第2次実施計画を完了した。これは、坂井地区、若狭地区の職業系専門学校を中心とした再編である。

今回の一連の県立高校再編のサイクルは、主に職業系専門学校を中心とした再編であり、この再編が県内で終了した段階で、次は普通科の再編が行われることが想定される。

再編への時間的サイクル

現在行われている高校再編は、前述の再編整備計画に基づく。この再編整備計画の策定は、
 ①平成19年12月 福井県高等学校教育問題協議会に対して諮問
 ②平成20年10月 答申を県教委が受ける。
 ③平成20年10月 「新しい県立高校の在り方検討会」を設置
 ④平成21年3月 再編整備計画発表
 ⑤平成23年4月 奥越明成高校開校
とのスケジュールで行われた。

こういった「表に出てくるスケジュール」の前には、数年間の地元説明、関係者への根回し等の期間が必要となる。これらの準備期間を3年程度と見積もると、再編問題が浮上してから7~10年間で再編が完結すると見るのが妥当だろう。


論点

この奥越地域の普通科の再編問題について
「奥越で普通科の再編?そんなの先の話でしょ?」
と構えることもできる。

しかし、将来に訪れる可能性が高い再編問題をバネにして、勝山の教育そのものを根本から見直す機会にしたい。「ピンチをチャンスに変えよ!」ということだ。

勝山高校が再編の対象になったときに、あたふたと慌てふためくのではなく、「勝山高校は、勝山高校の独自性ゆえに他の高校と再編することができません。なぜなら、それは勝山高校の教育を殺すことになるからです」……との論理でこの問題を克服したい。

ならば、その独自性をどのように発揮するのか。それを今のうちから考えていかなければならない。

一番まずい手法は、ピンチをピンチのまま放置して政治的解決を図ろうとすることだ。


普通科の差別化

これをご覧の方に質問。
「高等学校の普通科とは何ですか?」

案外と答えにくい質問だ。商業科ならば商業系の勉強を、工業科ならば工業系の勉強を中心に据えて勉強する高校です……と定義することができる。

ならば、高等学校普通科をは何を勉強するところなのだろうか。
これは高等学校設置基準の第5条に次のように定めてある。
 

第5条 高等学校の学科は次のとおりとする。
      一 普通教育を主とする学科
      二 専門教育を主とする学科
      三 普通教育及び専門教育を選択履修を
        旨として総合的に施す学科

ここでは、普通教育を主とする学科が普通科だと定義されている。それじゃ「普通教育って何ですか?」という疑問が出てくるのだが、結論から言えば、学習指導要領で決められた単位を学ぶ学校が「普通教育を行う普通科」と定められている。

普通科の高校を卒業された方は、「現代文4単位、古典4単位、数学基礎2単位……」という高等学校の通知表を思い出して欲しい。通知表に書かれてあった教科が「普通教育における各教科」である。そして「普通教育における各教科」を学ぶものが「普通教育」の内容だと、高等学校学習指導要領で定められている。なんとなくわかったようなわからないような説明で申し訳ないのだが、そう言うしかないのでご了承いただきたい。


つまり、普通科で教育内容の差はない。差がない以上、どのようにして普通科同士の差別化を図るのか。そこが重要となってくる。

この差別化の難しさは、私立高校が県立高校との差別化をどのように図るのかにも同様に表れる。「甲子園を狙う(スポーツによる差別化)」「東大進学率を上げる(学力による差別化)」「就職率を高める(就職による差別化)」等により、私立高校は県立高校との差別化を図る。

ならば、勝山高校は私立高校が行うような差別化をすべきなのだろうか。それもひとつの手法なのかもしれないが、私は別の途を模索したい。


地域高校だからダメなのか?

その地域の子供たちが、そっくりと高校へ進む……という高校がある。これを「地域高校」と呼ぼう。勝山高校はこの地域高校の典型例だ。

この地域高校にはいくつかの弊害があることは間違いない。そのひとつは、競争のなさである。小中学校が義務教育で、高校も持ち上がりのように入学してしまう。競争がないために、学力自体も徐々に低下していく。これが地域高校の弊害と(一般的に)言われるものだ。
確かに、この弊害だけを見れば、勝山高校と他の高校普通科との差別化は難しいだろう。勝山高校は、勝山の地域高校であり「勝山の子供だけを受け入れる高校」としか認識されない。

そこで、視点を逆転させてみたいのだ。
そもそもの過ちは、勝山高校を他の高校と差別化しようとした点にある。つまり、勝山高校の再編問題を勝山高校単体で見ることが議論の枠を狭めている。

勝山市の教育そのものを、他市の教育と差別化したらどうなるだろう」
勝山市の小中学校では、他市では実践されていない教育が行われており、勝山の子供たちは、小ー中ー勝山高校と他市とは異なる教育が受けられる」
もしも、こんな状態が出現したらどうなるだろうか。

地域高校だからダメなのではなく、むしろ「地域高校とは、ある意味、小中高一貫校である」との視点に立つならば、我々は勝山の子供たちのためにオリジナリティあふれる教育を提供できるのではないだろうか。


私案

例えば、「勝山のまちづくり」という視点から教育を眺めてみよう。

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現在行われているESD教育などは「勝山を愛する心を育む」に含まれることだろう。エコミュージアムが発展したジオパーク関連もここに位置する。勝山の歴史や文化、風土を教えて勝山に対する愛情を育む。ここがすべての基本となる。

勝山の魅力を発信する……どうせ発信するなら「世界に広く発信する」くらいの気構えで臨むのであれば、語学教育も必要となる。ならば、小学生の頃から英語教育を更に充実すべきだ。
勝山市の小中学校は、独自の英語カリキュラムを作成し、例えば「小学校卒業までに英検3級合格を目指しましょう」「中学校卒業までに英検準2級合格を目指しましょう」といった、目に見える目標を与えても良いと考える。

試験勉強を加熱することが目的ではない。人は誰でも目標がないと熱が入らない。学校での語学カリキュラムを小学校から充実させて、その理解度のチェックに英検を用いるだけのことである。
(英検はその性質上、学習指導要領とリンクされているので、学校教育内容の理解度のチェックとして用いることに適している)

英検の公式発表によれば、2013年の英検の「小学生の合格率」は次のようになっている。カッコ内は合格者数。
・5級 85%(94428名)
・4級 62%(40804名)
・3級 53%(13769名)
・準2級 46%(4555名)
・2級 41%(2418名)
・準1級 16%(351名)
・1級 11%(28名)
英検1級に合格する小学生がいるとは驚きだが、大阪や兵庫のインターナショナルスクール(幼稚園)では、卒園までに英検3級合格が当然のようになっている。


問題解決学習とは、「自主的に問題を発見して、自分の力で解決する」もので、そもそも従来の学習指導要領から重要視されてきた。知識偏重に偏りすぎたとの反省に基づくものである。

しかし、本来の問題解決学習は極めて困難なものだ。試しに、お子様に「何か疑問に思っていることある?」と尋ねてみられると良いだろう。「特にないけど?」と反応するのが普通だ。大人だってそうだろう。不思議や疑問に思うことはあっても、それを解決しようと思うことは、そうそうあるものではない。

だが、この問題解決学習はとても重要なものだ。この組織の問題点はなんだろう。このチームの人間関係はどのように修復していけば良いのだろう……社会では様々な問題があり、それを解決していかなければならない。その能力を子供の頃から培っていくためには、これまでの学習指導要領的な問題解決学習ではなく、「大人たちが使っている問題解決学習」を導入することまで視野に入れるべきだ。
(もちろん、子供に大人用のテキストを渡しても理解できるはずはないが)



「勝山を愛する心を育み」
「勝山の魅力を世界に発信できる語学力とコミュニケーション力を備え」
「勝山の抱える問題点を身の回りから解決できる能力を持つ」
そんな子供になって欲しいと思う。

 

これは「言うは易し 行うは難し」の典型例であり、膨大な時間と多額の予算を必要とする。まず、現行の小中学校の業務の棚卸をしなければならない。授業時間は限られている。オリジナルの教育を施したばかりに、他の教科が手薄になりました……ではお話にならない。英語教育のカリキュラムを刷新した後には、専任の教員を配置しなければならない。その予算も必要となろう。問題解決学習を子供向けに組みなおすプロフェッショナルは、現在の学校教育界には存在しない。その配置もしなければならない。


しかし、敢えて私はこういった方法を提案する。
「勝山高校を残すか残さないか」という矮小化された考え方ではなく、「勝山の子供たちのために、どのような教育が望ましいのか」をこそ我々は、大人の責務として、語るべきではないのか。そう思うからだ。
そして、他に素晴らしいプランは必ずや存在するはずだ。それを持ち合って議論したい。その先に必ずや勝山の教育の未来はあると確信している。


孟母三遷の教え

古より「孟母三遷の教え」との言葉もあるように、親、特に母親にとって、我が子の将来とそのための教育は重要視される。

孟母三遷の教え》
孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいた。孟子が葬式の真似ばかりするので、市場の近くに引っ越した。すると、今度は孟子が商人の駆け引きを真似はじめた。そこで学校のそばに転居したところ、礼儀作法を真似るようになった。これこそ教育に最適の場所だとしてここに定住した。

勝山市は小中学校の間から、子供たちにオリジナリティ溢れる教育をする。勝山の子供はこの教育を受けることができる。

孟母は勝山を離れるだろうか。
市外に住む孟母たちは、どう思うだろうか。
その子供たちが上がってくる勝山高校はどうなるだろうか。

誤解していただくと困るのだが、人口を増やすために、勝山高校を残すために……ではなく、「子供たちにどのような教育を提供するのか」という、いわば『王道』を進むことにより、我々の未来は開けると思うのだ。