【政策メモ】 恐竜博物館のポジショニング その1
福井県立恐竜博物館は、年間70万人の来館者数がある、まさに「恐竜王国ふくい」の中心的役割を果たす施設である。昨年7月にはアジア恐竜研究会の事務局が置かれた同博物館は、アミューズメント的役割に加え、高い学術性に基づきアジアの恐竜学のハブ的役割も期待されている。
■USJがハリーポッターを採用した理由
USJ(ユニバーサルスタジオ・ジャパン)が新しいアトラクションとして、ハリーポッターを採用したのは大きな賭けだったと思う。なにしろ、USJの年間売上が800億円であるのに対して、ハリーポッターへの投資額が450億円。このプランが浮上したときにUSJのガンペル社長が反対したのも当然だろう。
だが、USJは最終的にハリーポッターのテーマパークを作る方向で舵を切る。4月30日の産経新聞によれば、ハリーポッター採用の最大の理由は「経年劣化を防ぐため」であった。
ハリーポッターの映画は計8本。動員数は延べで7800万人を誇るのだが、USJが注目したのはそこではなく、ハリーポッターの原作がベストセラーであるという点だ。ハリーポッターの原作を読み、映画館に通った世代は10年、15年後に親になる。この親の世代が子供たちに再びハリーポッターの原作を読み聞かせ、DVDを親子で鑑賞し、そしてUSJのアトラクションへ向かう。このサイクルこそがアトラクションの中心テーマの経年劣化を防ぐと考えたのだ。
なにしろ、あの名作「ET」ですら10年しか持たなかった。「ET」は名画であるが、原作を持たぬゆえに、その世代間の橋渡しがうまくいかないのだ。おそらく「バックドラフト」のアトラクションも同じ憂き目にあうことだろう。
経年劣化を防ぐために、親子間のつながりを重視した。これがUSJがハリーポッターを推した理由である。
■4つのエリア
USJの戦略で重要な点は「世代をまたぐ誘客」であった。
そこで、次のようなマトリックスを考えてみたい。
横軸には「親子でのリピート」を置き、縦軸に「成長した子供のリピート」を置く。すると、下記のような4つのエリアができる。
それぞれのエリアは次のような特徴を持つ。
(Ⅰ)親子でリピートした場所を、成長した子供がリピートする
USJがハリーポッターに期待するのは、まさにこの点である。TDL(東京ディズニーランド)もこのエリアに属するだろう。まさに最強のコンテンツである。
(Ⅱ)親子でリピートしたことのない場所を、成長した子供がリピートする
ここは至極当然ともいうべきエリアである。親子で何度も出かけたことのない場所に、成長した子供が熱中して通うことは当然にありうる。成長した子供は、その子の嗜好性に従って独自の価値観・趣味を築く。親子でスキー場へ行ったことはないが、成長した子供が学生時代に同級生とスキーに行ったところ、面白くなって何度も通うといったことはよくあることだ。
(Ⅲ)親子でリピートした場所だが、成長した子供はリピートしない
ここからが問題のエリアになる。
親子では何度も行ったのだが、成長した子供は見向きもしなくなった場所というものはある。例えば、遊園地・水族館・動物園に代表されるアミューズメント施設がこれに該当する。子供がある一定の年齢層のときには、遊園地や動物園は親子にとって格好の遊び場になる。しかし、子供がその年齢層を超えて独自の趣味に走り始めたとき、もはや親子で遊園地に行く機会は激減する。
子供の年齢層がものをいうエリアだ。
(Ⅳ)親子でリピートしない場所で、なおかつ成長した子供もリピートしない
世の中のあまたある有名観光地は、実はここに入ってしまうのではないだろうか。
ここで重要なことは「リピートしない」という意味だ。親子で一度は行ったものの、「まあ、一度行けば十分かな」と親子で再び訪れることもない。そして、成長した子供も「あそこは一度行ったことだし、まあ、行かなくてもいいか」とばかりに敬遠する。
■恐竜博物館のポジショニング
アミューズメントとしての恐竜博物館のポジショニングは、先の4つのエリアのどこに位置するのだろうか。
もちろん、年間70万人の来館者のすべてが、4つのエリアのどれかひとつに属するということはない。一説には、恐竜博物館のリピート率は高いと言われているが、これとて来館者に調査を行ったことがないため、正直何とも言えない。
(とにかく実態調査をして欲しいと申し入れてはいるのだが、なかなか実現しない)
過去の入館者の推移を見てみると、
・平成19年度 38万3423人
・平成20年度 39万2727人
・平成21年度 43万8895人
・平成22年度 50万8800人
・平成23年度 51万5028人
・平成24年度 54万1155人
・平成25年度 70万8329人
となっている。
リピート率という観点から考えるならば、前年度増加率がひとつの指標になるので、平成19年度を起点として「昨年からどれくらい増加したか」を見ると、
・平成20年度 2.4%増
・平成21年度 11.7%増
・平成22年度 15.9%増
・平成23年度 1.2%増
・平成24年度 5.0%増
・平成25年度 30.9%増
となる。
この増加率だけでは、これがリピーターによるものなのか否かが判別しにくい。欲目を入れずに考えるならば、平成21年度・22年度・25年度が突出しているのは、リピーターによらないなにか別の因子が要素になっているものと思われる。
「〇〇のはずだ」
「〇〇に違いない」
という思いこみで政策を立てることは危険だ。マーケティングの基礎材料を得るために来館者に対して早急に調査を実施すべきと考えるが、ここではとりあえず「来館者の多くはⅢのエリアに属する」と仮定しよう。
この仮定は、私が恐竜博物館の来館者を見た印象と私の周囲の人々の話を聞いたところから来ている。その原因としては
①来館者の多くが家族連れであり、子供の年齢層は小学校中学年以下が多いこと。
②館内を周遊している子供を見ていると、アミューズメントに関心が集中していること。
この2点による。
なぜ、この2点から「エリアⅢ」と判断したのか。
もう一度、エリアⅢの特徴を思い出していただきたい。ある特定の年齢層に強烈にアピールするものの、その年代を過ぎるとその多くが足を運ばなくなる。これがエリアⅢの特徴である。
来館者の多くが家族連れであり、子供の年齢層は小学校中学年以下が多いということは、まさにこの特徴を指している。
東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドの上西京一郎氏(代表取締役社長)はインタビューで、「どのような客層が増えているか」との問いに対して次のように述べている。
「シニアなど40歳以上の世代が多くなった。4~9月期(2012年)の入園者数に占める比率は19.7%と、10年前より4ポイント程度高い。彼らは若いときにTDRに来た経験を持つ。思い入れのある場所として、親や祖父母という立場で子や孫を連れてもう一度訪れているようだ。祖父母がお金をかけて孫へモノをプレゼントしても一瞬で終わってしまう。だがテーマパークなら同じ空間に長い時間一緒にいられる。3世代で時間を一緒に過ごせるようなパークであり続けないといけない」
「3世代で時間を一緒に過ごせるようなパークであり続けないといけない」
さらりと述べているが、これは途方もないことだ。
「昔行ったことがあるから、子供を連れてもう一度行ってみよう」といった単純な世代間交流の文脈で、上西社長の発言を理解すると本質を見過る。昔通った子供は、大学生になっても通い、社会人になっても通い、結婚して子供を授かったときに、初めて「家族で東京ディズニーランドに行く」となる。これが世代をまたぐパークの実体である。
「昔、行ったことがあるから、子供を連れてもう一度行ってみよう」という話は、実は個人で何度もリピートした後に出てくるセリフなのだ。実際に、皆さんの周囲にいる「ディズニーランドへ家族で行くんだ」という人々を注視して欲しい。彼らは子供の頃から何度もディズニーランドに通ってきた人が多いのではないだろうか。
このTDLこそが「エリアⅠ」の代表格であり、この東京ディズニーランドと比較したならば、やはり県立恐竜博物館は「エリアⅢ」であると思われる。
加えて、上記の上西社長の発言は、「エリアⅢ」のアミューズメントがいかにして「エリアⅠ」へ辿り着くかの方策も示されている。
何度も何度もディズニーランドへ通ったことのある人々は、家族でやってくる。つまり、「エリアⅢ」から「エリアⅡ」へ進んだ後に、初めて「エリアⅠ」への道が見えてくるのだろう。
結論として、
①親子連れで来た子供たちを何度もリピートさせる工夫が必要となる。
(エリアⅢからエリアⅡへの移行)
②世代をまたぐストーリーが求められる。
(例:ハリーポッター)
(エリアⅡからエリアⅠへの移行)
これをどのように具体的施策に落とし込むか。それは次回に